Luv Bias

 なんとなく今年の振り返りをしておこうか、と思ったけど、なぜかPCから書けない。なぜだ。それでもiPadで書くのだから、相当書きたいのかもしれないね。

 

 毎年「波乱の年だったな。来年こそ落ち着くかな」と思っているが、落ち着いた試しがない。それが人生なのかもしれない、と思い始めた。もっと穏やかな人生を送っている人なんて山といるだろうが、私はその中に入れないらしい、なぜか。

 

 学校に入ってわりとうまくいっているかと思えば人生初の手術となり、学校ではいじめられて精神的には不安定になった。いじめじゃないと思っていたが、今のクラスメイトたちのドロドロした話を聞く限り、普通にいじめだったなと思い返した。正直来年学校に戻るかというと、実習などに参加できるかも不安だが、クラスで勉強に集中できる環境はないと思ったので無理だな、と感じている。

 

 母との生活もなんとなく落ち着いている。多分私が学校に行ってないのは、母の精神安定に大きいのだろう。母は多分、予定に縛られるとすべてがうまくできなくなってストレスでお酒に走るのだと思う。特に子どものことであれば。

 なので今は私が特にどこかに通っていない生活をしているから成り立つのであって、就労支援なり作業所なり通い始めたら、それはそれで前の酒に走ってた生活に戻るかもしれない。つくづく働くのに向いていない一家だな、と思う。

 

 不思議なことに、働いても学校に行ってもいないのに、私の生活はそれなりに多忙だ。働かずにこれなら、働いたらどうなるんだ?と恐怖を感じる。

 

 学校には馴染めなかったが、友人はできた。LGBTQの男の子(女の子?)と、48歳の女の人は学校がなくなっても付き合いが続いている。ご飯に行ったり、ダラダラお茶したり。

 ご近所さん騒動のおかげで、マンションの管理人さんとよく話したり、ご近所さんのちょっとしたご飯会の開催で、同年代の友人もできた。尊敬する人とも名前で呼んだり、LINEを交換できたり、ハグして「あなたのことが好きよ、あなたにはしあわせになってほしい」とか、「枕だけ持って泊まりにでも、ご飯でもいらっしゃい」とか、友人になった子の家からも「いつでも遊びにおいで、泊まりにおいで」とけっこうお世辞でなくガチな感じで言われて、 すでに2回泊まりに行っている。お父さんと話したり、お母さんから料理の話を聞くのも楽しい。友人になった子とも、順調に遊んだり、文通しようなんてことも話している。

 元旦は息子さんから呼ばれないと少し寂しそうだったご近所のおばあさんを招いているし、大晦日は東京から家族同然の妹分が泊まりにくる。

 

 それこそご近所さんを呼んで軽い食事会を私が開催したら、みんな喜んで午前2時まで!楽しんでくれて、なんか楽しいし、自信が持てたのだ。

 呼んで呼ばれての関係が出来上がっているし、次回はこんな料理をしたい、とかもう考えていて、意外なことに母も乗り気で、来客を嫌がらない。

 大好きなクニエダヨシエさんの本で、テーブルコーディネートの勉強もする気になった。

 

 学校にも行ってない。仕事もしていない。でもなんか、いままでになく充実してる感じ。

 名古屋に来て知り合いの輪がうまくいくようになった。

 関西、北海道、東京から福岡に帰った子と、各地の友達と連絡はきちんと取っているし、名古屋でも順調に友達ができている。ご近所さんとの付き合いで、私は意外と人を家に呼ぶのが好きなのもわかった。

 

 私は父親に、友達がいない、いじめられている状態を満足げに見られ、「人間は1人、君と僕はよく似ている」と満足げに可愛がられていた。でもわたしはそんな殻を破り、人と親しくなれるようになったのだ。

 

 父親の呪縛から、こうやって逃れられ始めているのかと思う。

 

 ただ同時に、働くことがあまりに向いていない、自分の生活と両立できないという自分の限界を感じて、ゆっくり障害者雇用で働くとか、あわよくば結婚とかそっちに目が向いている。

 よく考えたら大学時代、働くのが苦手だとなんとなくわかってたから結婚を早くしたいと思っていたのに、時代や周りの意見に流されて、「やっぱ今の時代働かなきゃダメなのか」と自分に無理を強いていたのかもしれない、と思い返した。どんなに時代が働けと言っても、働くのができない人間だっているのだ。

 

 となると父親の脛を齧り続けるのか、とかの問題はあるけど、なんとなくどうにかなるだろうと感じている。

 気持ちが底に落ちることはあるけど、私は幸いなことに経済的に底に落ちたことはない。カウンセリングの先生からも「一生お金には困らない星に生まれている」と言われたのを心の糧に、たしかにそんなことはないなあ、と実感しているので。

 とはいえ、いい加減もう少しお金の使い方を考えないと、ロリィタ服が3分の1以下の数になっているが。もはや売れるものがない。

 

 

 父親は、人との縁を蔑ろに生きてきたし、今もそう。

 でも私は、いつか会わなくなる時がきても、人との輪は大切なものだと思っている。私は周りに人がいないと生きていられないのだ。

 それに気づけたことが、いい年だったなと思っている。どうせ結婚できない、なんて拗ねてるより、のんびりでも結婚の縁を待っていたほうがいいタイプなのもなんとなくわかった。

 

 今年は初の黒豆を煮ている。これもご近所さんのお母さんが「難しくないから煮てみなさい」と煮るための鉄をくれたから。

 家族がいるからおせち作りに励むし、妹の好きなものは2倍作るし、妹分やご近所さんが来るから、大車輪で買い物も料理も計画的にしている。計画的にしていても、この寝てない現実なんだけど。

 「お姉ちゃんは、生まれた時代が違えば本当に結婚していい奥さんできたのにね」みたいなことを買い物しながら妹に言われたが、実際その通りだと思う。

 トウはたったけど、結婚を目指したほうが私の人生は豊かなのだろう、と実感した年でもありました。

 

 まあ春夏好きだった人がガチのクズだったけど!

 

 切実に見合い結婚したい。

 来年に期待しよう。

 

海外生活したい気持ちもまた出てきた